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オチがわからない悲しさ

昨日は台風のため学校がお休みでしたから
Hitler's Daughterを最後まで読むことができました。

最後、「あぁ~、そうだったんだ~」というような、オチのような
展開があります。

最後、徐々に、「え?もしかして?」「あれ?これって?」
という雰囲気になってきて、結局「そうだよね?だよね?」
みたいな調子でそれが確信にかわっていくような
ちょっとしたどんでん返しのようなものが用意されています。

せっかくのエンディングですので、具体的に詳しく書きたくありませんから
逆にわかりづらい説明になってしまいますが
最後の最後まで楽しめるつくりになっています。



ところが、本来驚くべきところで、プチーが全然
驚きません。

あらら?

プチーは、何かにはっと気が付いたら、必ずサリーの方を
見ますのに、淡々と読み進めています。

何かおかしいぞ?


と、不安に思い、プチーに、ちゃんと内容をわかっているのか
確認してみました。

英文の意味はわかっていました。
ただ、そこから一歩すすんで「それってつまりこういうこと」
という部分を理解できていませんでした。




サリーにあらためて、これこれこういうことになってるということは
すなわち、こういうことなのよ、と説明されて初めて
「え~、そうやったん~?」と、そのオチを理解することが
できました。




エンディングに関しては詳しくは書けませんが
エンディングに近い、とある場面でも、プチーが
あまりよくわかっていない場面がありました。

その場面では、親しかったある人が、結局自分のもとを
去ってしまう場面です。


その人(去っていった人)は、去る前日、パンを全て食べずに、少し
残しているようでした。ただでさえ少ない配給のパンを
全て食べないということは、何かに備えている感じです。

そして次の朝、主人公の女の子が目を覚ますと
そこにその人はいませんでした。
スーツケースもありませんでした。


これはつまり、その人は、前日のパンを持って逃げ出してしまい
二度と戻るつもりはない、ということです。

わざわざ「二度と戻らないぞ、と思いながら出て行きました」
とは書いてありませんが「スーツケースもない」という描写から
もう戻っては来ないことがわかります。

ちょっと出かけただけではないことがわかります。


ところがこの場面で、プチーは、悲しいことに
「二度と帰ってこない」というところまで理解することが
できていないようでした。

サリーに「この人は二度と帰ってこないんだよ」と説明されて初めて
「え?そうなん!?」と、衝撃を受けていました。




そういうことわからずに、いつも本読んでるの・・・?



そこで延々と説教してしまっては
せっかくの読書が中断されてしまいますから
最後までそのまま読み進めました。



そして夜寝る時に、プチーと話をしました。


いるはずの誰かがそこにいない。
そして荷物もなかった。

そう書いてある時は、つまりそれは「その人はもう
出て行ってしまって二度と帰っては来ない」という
ことなんだよ。

と、話を始めました。

それがわからず、ただ単に「出かけていったんだ、ふ~ん」
と思って読んでいたら、お話の意味がわからず
楽しさも半減するんだよ。

本っていうのは読み方によって、100倍面白くなるんだよ、と
伝えました。


淡々と言って聞かせるだけのつもりだったのですが、この
[100倍面白くなる]の部分に、プチーが体を乗り出して来るほどの
反応を示しました。

「え?100倍も?どんな風に面白くなんの?」
と、身を乗り出してきかれてしまい、ちょっと困りました。

どんな風に、と急に言われても、とっさに浮かびません。

ですが、何か言わないとプチーを説得できませんから
何か適当に言いました♪
例を挙げて、いくつか説明しました。


表現豊かで、いい作品ほど、何から何まで全て説明してあるわけじゃない
ということを、ほとんど本など読まないからあまりよくわかっていない
サリーの口から説明するのは、決して容易い事ではありませんでしたが
(だって、いい例が浮かばない・・・)なんとか、説明しました。

そうしたら、プチーもプチーなりに理解してくれました。


お話も、詩みたいな感じなんだね、と言ってくれました。

詩を読む時も、色々想像して読むから、小説もあんな風に読まないと
いけないんだ、という風に理解したようでした。



だから、精読もしていかないといけないし、国語の問題集も
解いていった方がいいんだよ。結局こういう訓練のような作業が
普段の読書をより楽しいものにしてくれるんだよ、きっと、という
話もしました。


すると最後にプチーが、この本をもう一度読んでみたくなった、と
言いました。自分がたくさんのことを取りこぼしながら読んでいて
それがいかにもったいないことか、わかってくれたようでした。





昨晩こんな話をしてみて初めて、プチーがとても読書を楽しんでいる
ということがわかりました。そして、もっと楽しみたい、と
強く願っていることも知りました。

サリーにとって読書なんていうものは、全然大切なものではなく
自分自身が本なんてほとんど読まないものですから
プチーのことをうらやましく思いました。











この本を日本語で読んでいたら、最後のオチを理解することが
できたんだろうか、という疑問が残りました。
今回のことが、英語力の問題であったことを祈ります。

日本語であれば、もう少しは理解できるんだよね・・・?
そうでないといけない気がします・・・☆





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2009.10.09 06:12 | 多読 | トラックバック(0) | コメント(4) |

コメント一覧

まさしく行間を読む、、ですね~。英語の読解力、国語の読解力どちらもそれぞれの言語で読んだ量なんでしょうか??プチーちゃん英語の場合は意味をとるのに精一杯なのかな?でも読書をもっと楽しみたいっていう気持ちがいじらしいですね

英語を読んだあと日本語の翻訳本をよむのってやっぱり子供の英語ではタブーなんでしょうか?

2009.10.09 10:12 URL | sa-chi21 #- [ 編集 ]

ウチの娘もこんな感じです~
そしてウチの場合、日本語でもこんな感じです~
ついでにテレビドラマを観ていても一緒。英語も日本語も。

『あんたの子、アホねん。』
って言われたら、それまでなんですが
最近思うのは
これは精神年齢によるものかと…
辛抱強く、静かに娘の成長を待ってる母です。

2009.10.09 11:55 URL | ルーシー #- [ 編集 ]

英語と日本語、両方読んだら
いろいろな発見があって、おもしろそうですよね。

サリーはその案に大賛成です♪

ですから実際、日本語と英語と両方準備してあるものも
あるのですが、プチーは、両方は読みません☆

片方しか読みません。

どうしてかなぁ。

同じ本を何度か読む、ということはあっても
日本語と英語と両方読む、ということはありません。

(自信はありませんけれど!
 sa-chi21さん、サリーより記憶力がいいから
 ブログのどこに何を書いてあるか覚えてらっしゃるでしょ!
 ちょっとドキドキ☆
 いつもいい加減なこと言ってごめんなさい~)


こだわっているんでもないと思うのですが
読みたいと思えないようです。

読んでみよう、と思えない一つの理由は
どの本もそれなりに楽しめたから
他の言語でも読んでみたい、と思えない
ということかなぁ、と想像しています。

あえてもう一つの言語で読んでみるくらいなら
同じ言語でまた読んだ方が、より
深く何かを感じ取れる、みたいな感じかなぁ。

多分、ただなんとなく、なんだとは
思いますけれど☆



幼稚園の頃は、ディズニーなどの作品を
英語と日本語と両方でみることに
何の抵抗もなかったようなのですが
最近は、アメリカの作品は絶対英語で
みたがるようになりました。

日本語だなんて、とんでもない、という感じです。

その年齢年齢で、こだわりみたいなものも
あるのかもしれません♪

2009.10.10 05:24 URL | sa-chi21さんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

え!タルーラちゃん、とっても感情移入とか
上手にしそうですのに意外です。

こういうのって、精神年齢だったんでしょうか。

確かに、そんな気もします♪

待っておくだけでいいの?
ルーシーさんに言われると、かなり説得力があるんだけれど
「プチーは本当に大丈夫?」みたいな不安も
少々残っていたりもします・・・☆

でもちょっと安心しみたりもしています・・・。


2009.10.10 05:30 URL | ルーシーさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

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