特色の無い英語生活
毎日欠かさずビデオをみてきました。
うちにはDWEのビデオとCDしかありませんでしたので、メインレッスンや
電話でのレッスンなどは、何もしてこなかったのですが
よほどの事情が無い限り毎日欠かさず
とにかく一回はビデオをみる、ということだけ続けてきました。
この頃のプチーの英語の[軸]はDWEでした。
これプラス、その他色々(読み聞かせ中心)だったように思います。
小学生になった途端、ぼ〜っとビデオをみる時間がなくなり
そこで結局、なんとなくDWE卒業、というような雰囲気になりました。
ビデオも、一年に数回しかみないようになってしまいました。
それでも一年生の頃は英検の3級と準2級を受けましたから
英検に落ちたら嫌だ、という恐怖心に追い立てられながら
なんとか英語には執着していました。
英検の問題集は直前しかしませんでしたが、常に英検を意識し
本を読んだりワークブックを解いたり、英語に触れる機会を
できる限り多く確保しないと、と必死だったように思います。
ですから、一年生の頃のプチーの英語の[軸]は英検だったと
言えます。
二年生の一年間は、毎日公文のプリントを淡々と進めました。
プリントをひたすらこなしました。日課でした。
ですから、二年生の頃のプチーの英語の[軸]は、間違いなく
公文式の英語でした。
三年生一年間のプチーの英語の[軸]は、本当はサタデースクールに
するつもりでした。
ですが、到底[軸]になどならないことがわかってきました。
サタデースクールでは、今ある英語を活用し、遊んだり楽しい時間を
過ごすことを主な目的としていて、英語力そのものを伸ばすような
プログラムではないように思えてきました。
もちろん今までずっとサリー自身が面倒をみてきたプチーの英語に
新しい風を吹き込んでくれていますし、全く違った角度から
英語に触れる機会を与えてくれています。
ですが、どちらかというと、何か新しいものを得る、というよりも
今もっているものの再確認をする場、というような気がします。
プチーの英語力の低さが原因で、あまりいいクラスに入れなかったのも
一つの原因なのかもしれません。
サタデースクールは、[仕上げ]作業をする場として活用すれば
いいんじゃないか、と今感じています。
家で色々やって貯めてきた英語を披露したり、それを使って作業したりするので
その材料となるもの(英語力)は家から自分で持っていかないといけないような
そんな感覚です。
プチーの英語を磨いてはくれるだろうけれど、その、磨くものそのものは
自力で準備していかないといけないような、そんなことを漠然と感じています。
プチーは、自分の英語を[使う場]を、小3にもなって始めて与えられ
生き生きしています。英語ってこんな風に、[使える]ものだったのか、と
あらためて気がついたかもしれません。(今までは置物のような存在だった・・・)
そんなことを色々考えていると、三年生になって、プチーの英語には
[軸]がなくなっていることに気がつきました。
とりあえず、これを中心にやっていこう、というのがなくなってしまいました。
メインディッシュがなくなったので、これからは飲茶スタイルで
いくんだろうなぁ、と思います。
ちょこちょこ、あれこれつまみつつ、とりあえずお腹いっぱいになるまで
やってみようと思います。
なんだかこういうスタイルって、一番ブログを書きにくいスタイルなので
ネタという意味ではしょぼくれていて見栄えがしませんし
たいして一貫性もありません。
その場その場で、その時に足りていないものを補ったりしていこうと思います。
ヒョンなことからブームが来たりすればその波や流れには思いっきり身を任せ
存分にそのブームを楽しみたいと思います。
旬を大切に。自分たちの興味や好奇心を大切に。
今まで自分勝手にやってきたので、これからも自分達が主体でないと
どうもうまく続けていけないような気がします。
涼しげに続けるのは無理ですから
「英検、次は2級だぞ〜!」
とか
「サタデーのクラス、上がるぞ〜!」
とか
そんな野心と共に、これからも暑苦しくやっていこうと思います。
これから、プチーの英語はどんな風になっていくのかなぁ。
楽しみです。
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2008.07.04 12:07 | 英語教育 | トラックバック(0) | コメント(6) |
コメント一覧
うちの上の娘もそんな感じですよ。
だから日記も、いつもばらばら脈絡のないことをとりとめなく書いてて、
読んでる人は、何を軸にして、何を目安に英語をしてるのか
さっぱりわからないんじゃないかしら (^^;)。
こういうの、目に見えた成果(合格とかこなした枚数とか)がなくて、
正直、多少不安ですよね。
私はあまり気にならない性質なんですが、それでも、
ときどき「雲を掴むような進捗だなあ」と思ってしまいます (^^;)。
2008.07.04 14:18 URL | もっちん #64owOXpE [ 編集 ]
ウチもですよ〜〜〜。
英語の時間!ッと言うものがとっても乏しくなってます。
ウチは早い段階で、使えない不自由と使える喜びを経験したので、
兄には英語力維持、できれば細々と向上っていう動機はあると思います。
エッセイの宿題も類語辞書で確認したりして語彙を増やす意欲が伺えます。
妹は楽しい道具を手に入れたという感じです。
今は3年生なのでいいのですが、
これからはやはり向上心を芽生えさせる努力を
親がしないとダメだな〜〜〜っと、
子供ではなく、私自身が一つの岐路に立っている気がしてなりません。
2008.07.04 20:15 URL | ルーシー #- [ 編集 ]
軸なんて、実際は無い人のほうが
多いんでしょうか?どうなのかなぁ。
ブログを書くような人はやっぱり
「うちはこれで」という大きな柱があるように思えて
「あれ?うちにはないぞ」なんて思っていました。
英検を受けるまでは、目に見えた成果なんて
無くて当たり前でした。
自分の信じる道をひたすら進む!という感じです。
でも、英検を受けると、それが面白いように
合格につながり、浮かれてきます。
そして今、英検がなくなっちゃって
プチーの英語力がいまいちつかみきれず
伸びていないどころか後退しているようにも
思えてきました。
かといって、毎日コツコツ、は意外と好きで
結局続けていたりもします。
もっちんさんも、色々こまめに試していたりして
大きな柱、というようなものは無いのかも
しれませんね。
もっちんさん、まめだもんな〜・・・。
軸が無い場合は、まめさが無いとだめですね!
なんだか今、そんな風に感じました☆
2008.07.06 05:14 URL | もっちんさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]
大きくなってくるとますます
本人のやる気が大きく関わってきますね。
ルーシーさんのところは、お二人とも
早くから実践の場を与えられ、ご本人達も
いろいろなことを感じてきたんでしょうね。
うちは、遅すぎたのかなぁ・・・。
始めて英語を使うようになったのが
小3だものなぁ。
しかも性格的なものもあり
不自由していても全く気にもしていない
というように見えます。
本人のやる気次第なのですが
まだまだそのやる気も実は母のやりようで
どうにでもなりそうな年代ですから
こちらががんばっていかないといけませんね。
2008.07.06 05:19 URL | ルーシーさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]
サリーさん、こんにちは。
私も最近よく思います。
子供を伸ばしてやりたい、未熟な分野を補強してやりたいと思いつつ、
これって、小さいときから親の付けた道しか歩けない子どもに育ててるのではないかとも自問自答してます。
時代が違うといえばそれまでですが
私は英語のスタートも到達度も我が子より遥かに遅かったけど「自力で」歩いてきた達成感、逞しさがあったから、、、、。
勿論、親が導いてくれた訳ではないですし。
自分が子供の教育〔ほんの一部ではあるけど〕に関われるのは楽しいし、恵まれてるけど、同時に子供が英語と葛藤する機会を奪ってるような気も正直します。
答えなどないのですから、これからも
迷いながら進むしかないですね。
2008.07.07 11:18 URL | ラベンダー #ogz9v/Dw [ 編集 ]
サリーもよく思います。
こんなに手を出しちゃっていいんだろうか、って。
でも、あくまでも「サポート」の域をでなければ
いいんじゃないかなぁ、なんて思いながら
やたらとプチーの毎日に関わりまくって
すごしています。
プチー自身が考えたり、葛藤したり
そういう余地は残しておいてやらないと
いけませんね。
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