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英語だと心に響かない悲しさ☆

小学校の国語の教科書に出てきた[ずーっと ずっと だいすきだよ]というお話。

なんとも言えずほろ苦くて、物悲しくて、どうしても
この本の原書(多分)である[I'll Always Love You]が欲しくなり、早速購入しました。

この本は、愛犬が死んでしまうお話です。

愛犬との楽しい日々のことを、主人公である少年が過去形で語ります。
この[過去形]が、サリーをなんとも言えない気持ちにさせます。

サリーはこのおはなしが好きで、毎日プチーに音読してもらっています。
(プチーが読んでくれる、というのが余計好きなのです☆)

表現力不足で、上手く説明できませんが、悲しい気持ちやはかない気持ち
でも決して感傷的すぎず前向きな気持ちが現れていて、とにかく
原書も是非読んでみたい、と思いました。

早速注文した洋書が本日届きました。

そして、拒むプチーに無理やり読んでくれるよう頼みました。
(プチーは英語の音読はあまり好きではありません)

ですがせっかくプチーが英語で読んでくれても、はかなさも
物悲しさも、英語では、全く感じることができませんでした。

どうしてだろう・・・。

英語の方ももちろん過去形で進みます。

ですが英語の過去形を聞いても、日本語の過去形の時に感じるような
[今は亡き愛犬との日々]というほろ苦い感じは全く感じることが
できませんでした。

日本語でしたら、過去形イコールもう亡くなった人(動物)への思い
というようなニュアンスを当たり前のように感じることができますのに
英語の場合、何も感じることができません。


普通の[おはなし]に聞こえてしまいました。


悲しかった・・・。

英語ってやっぱり、サリーにとってはあくまでも[教科]の一つであり
英語で何かを感じることってできないのかも、と思えました。


もしかしたら、日本語は、より「物悲しく訴えかける」ような
文体になっているのかもしれない、なんて考えてもみましたが
実際の所どうなのかも結局わかりません。

サリー自身の英語と日本語の差が激しいので、ニュアンスの差を
比較することもできません。


プチーがどう思っているのか、よくわかりませんが、プチーにとっても
きっと同じでしょう。

英語で何かを感じることなどないのかもしれません。

英語はプチーにとって、あくまでも[オマケ]であって
第二外国語、なんて呼ぶほどでもない、という程度の位置付けです。





英語の文章だとどんな風に感じるんだろう、という好奇心は最初から
ありました。微妙なニュアンスを感じることは難しいかもしれないな、とも
思っていました。

ただ、予想以上に、なにも心に届いてこなかったので
かなりがっかりしました。



ある程度の英語の文章を理解することはできるけれど、サリーの英語も
まだまだだなぁ、とため息がでちゃいました☆

二つの言語で同様に[奥深く]感じることのできる人って
どのくらいいるんだろう・・・。どんな人なんだろう・・・。





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2006.11.25 20:55 | 英語教育 | トラックバック(0) | コメント(4) |

コメント一覧

翻訳をした方が素晴らしいと言うことじゃないのかしら。サリーさんにとって何かぴんと来る言葉が入ってるのかしら。

そのおはなし、私はそこまで思い入れがないお話です。日本語でも、英語でも。
いいおはなしと言うぐらい。プチーちゃんの読み方がうまいのかしら。

さて英語でいいなーと思ってた絵本の翻訳を図書館で見つけ、読んでみたら、がっかりしたこともありました。ひとつや二つではありません。

リズムを大事にしてるおはなしは、やはり英語のほうがいいかも。心に響くとなると第一言語の気持ちの部分に届かなきゃ駄目なのかな。思ってたのと違う翻訳だったから[解釈が違ってた]嫌だったのかも。英語のほうがより分かると言うことでもないと思います。

友人がマディソン郡の橋を[英語]で読んで涙が出た自分に感動したと行ったのお思い出しました。英語でいいなーと思うときは、英語で分かったと言う喜びも混じってるのかも。

英語って、ENL,ESL,EFLってあって、サリーさんの目指すのは、English as second langageで、foreign langageってことなのですね。Nはネイティブだから無理として、第二言語ぐらいにはしたいものですね。日本で暮らしてるから外国語、、で終わらせたくないよね。英語にもっと近づきたいね。

2006.11.27 16:39 URL | ばーぶー #- [ 編集 ]

そうですね。翻訳が良かったともいえますね。
だって、明らかに文章の数が、日本語の方が多いんです。

行間で感じ取ってもらうべきことを言葉にして足してある
と言う感じです。

そんな権限が翻訳者にあるのかどうかは知りませんが
訳がとてもいいように思います。

訳者も何人かいるみたいで、サリーはプチーの教科書のを
気に入っています☆


ばーぶーさんに言われて気がつきましたが
サリーは知らず知らずのうちに
英語の訳を想像し勝手に思い描いていたのかもしれません。

でもその訳とちょっと違って、残念に思った、というのも
あるのかもしてません。



英語に近づくのってとても難しい、とつくづく感じました。

やっぱり教科の一つ、という域を越えないような
そんなさみしさを感じてみたり・・・。

プチーにとってはそれ以上のものとなってくれたら
いいのですけれど。

2006.11.27 20:57 URL | ばーぶーさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

サリーさん はじめまして。
lunahanaと申します。小3の男の子と年中の女の子がいます。よろしくお願いします。

私は、「ずーっとずっとだいすきだよ」を上の子が小さい頃に図書館で立ち読みして涙が出そうになり、すぐに購入しました。その後、教科書に出てくることを知りました。

原書は読んだことがないのでなんともいえないのですが、サリーさんのおっしゃること分かります。
私も心の奥深いところに届いてきて、琴線にふれるのはやはり日本語です。勿論英語力の問題もありますが…(意味は分かるけど、感動まではいけないのかな、悲しいけど)

楽しい話(子供の絵本とか)だったら、原書を先に読んでいれば、そちらの方が楽しいということはよくあるんですが…。

でも名訳というのは確かに存在しますよね。
私はミステリーを読むのがすきなんですが、翻訳ものは流れるような訳でないと気になるので(偉そうにスミマセン^^;)、日本人の作家のものの方が好きです。
大学のときにスペイン文学の教授が「翻訳は創作である」という風におっしゃっていたので、訳者の思いや技量が込められるんだと思います。

前の日記に長々とコメントしてしまってスミマセン。
またお邪魔させていただきます。
よろしくおねがいします。


2006.12.01 16:48 URL | lunahana #- [ 編集 ]

はじめまして、lunahahaさん。
このお話、初めて聞いた時、是非原書を、と思い
すぐ買いました。とても素敵なお話ですよね。

サリーも以前イヌをかっていたからかもしれません。

サリーも日本語で読むのであれば日本のものの方が
好きです。翻訳ものはどうも違和感があって、いまいち
うけいれられません・・・。なんとなく、のことなのですが。



コメントはいつの記事につけてくださっても
大歓迎ですよ~。コメント欄に記録が残るからちゃんと
気がつきますから、大丈夫です☆
どんどん書いてください~。その方がうれしいです♪

これからもどうぞよろしくお願いします。



2006.12.01 19:23 URL | lunahahaさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

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