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高学年のバイリンガル

プチーは十歳です。この夏五年生になります。今通っている学校では
六年生から中学生になるので、来年度が、小学生最後の一年になります。

いま、学校生活は英語で、その他は日本語で、という生活をしています。

まだまだ母国語である日本語は不十分です。国語(日本語)の問題集では
[接続語」の単元を学習していて、並列と添加の違いなど微妙な接続語の使い方を
真剣に学んでいるところです。

いまだに、誰が何をしたのかわからないような日本語を話すこともありますし
プチーの日本語は、幼い文章に大人びた言葉が混ざった、不思議な日本語です。


本を読むのも比較的好きなので、読書量はそれなりです。
本で勝手に覚えてしまった、年齢にそぐわないような大人っぽすぎる語彙や
書き言葉にしか使わない表現を、普通の話し言葉に取り入れてしまうところは
英語も日本語も同じです。
(アメリカ人の先生に、その点を指摘されたことがあります)


日本語もまだまだ充分に成熟しているとは言えないプチーですが
それでも英語力と日本語力を比べると、いつのまにか天と地ほどの差が
ついてしまっていることを、昨日あらためて痛感しました。




学校の国語(英語)の教科書に載っていた詩を一緒に読みました。
小説の単元を読んでいる時にはどうにかなっていたプチーの語彙力ですが
この[詩]の単元では、全く歯が立ちませんでした。

サリーももちろん、わかりません。二人で辞書をひきひき、少しずつ
読み進めるんだけれど、次々出てくる知らない単語の数々に閉口しました。
辞書を使っても意味を調べてもまだ、その文章の言いたいことが
よくわからない・・・。

詩は、ズバズバはっきり表現されていないところがいいのですが
何が言いたいのかわからず、ムッとしてしまいました・・・。
意味もわからないし、行間も読めない!


リボンが川だったり、タールが暗闇だったり、光の筋が錨だったり
日本語だとある程度想像できたり理解できることが、なぜか英語だとわかりません。

もっとも、詩を読むことは日本語でも苦手なプチーとサリーですから
そういった感覚に元々欠けてはいるのですが、それにしてもなんとも
情けないのです・・・。結局その詩を最後まで読むことはしませんでした。
途中でギブアップしました。


学校の教科書に載っている詩を最後まで読めないなんて
日本の教科書ならありえません。受験用問題集ならともかく
学校の教科書レベルで、わけがわからない、なんてことが起こるなんて。


プチーの英語もサリーの英語も、お粗末なレベルだなぁ。
そんなこと、わかってはいるつもりだけれど、ここまで面と向かって
その事実をつきつけられて、気持ちがしょぼ~んとしてしまいました☆




つい先日からぼんやり、考えていました。
今ここで英語に力を入れても、ここから先、ぐんぐん伸ばしていくのは
難しいなぁ、と感じていたところでした。

アメリカンスクール(アメリカ人学校)ではないため
プチーのまわりには、プチーレベルの英語力の持ち主しかいません。
かと言って、アメリカンスクールなんて、授業についていく自信もないし
馬鹿高い授業料を払う気力もありません。(もちろんお金も無い!)


プチーのクラスメイトにとって、英語は第二外国語だもの。
たかが知れています。英語が母国語の子はほとんどいません。
全くいないわけではないけれど。

アメリカに5年とか7年とか住んでいても、母国語が英語以外の言語で
家で母国語で話している子の英語は、上手だけどやっぱり「それなり」の
英語であるように思います。

もちろん、英語に対する思い入れの強さにより、習得できる英語力の差は
かなりでるとは思いますが、少なくともプチーのまわりに
母国語と同様に英語を使いこなす、いわゆる「バイリンガル」は
いないように見えます。


自分と同レベルの中途半端なぬるま湯に浸かるプチーの英語は
当然、そこで快適に過ごしているだけでは上達しません。

当たり前のことなのですが、それを実感する機会が無かったため、あらためて
そう気が付いた昨日、壁の真ん前で足踏みしているような(これ以上進まない)
頭の上に大きな石をのせてジャンプしているような(重くて跳べない)
そんな心境でした。



「でも日本にいるより恵まれているはずだから、なんとか活用したい」という
意地にも似たやる気と、「ここでは無理だ」というあきらめのような気持ちと
(でも、きっぱりあきらめきれない)両方が共存していて
頭の中はきれいなマーブル模様です♪



言語能力は十歳にもなるとかなりハイレベルになってきますから
二言語両方で同じレベル(あくまでも高いレベルをキープした上での同レベル)を
保つのは難しいことなんだなぁ、と妙に納得したのでした。





せめて日本語だけでもちゃんとやっとかな、とか
いやいや英語もあきらめたらアカン、とか
いっそのこと、現地語をもっとやってみようか、とか
相変わらず行き先も目標も定まらずふらふらしています。

腰を据えるって難しいな~。








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2010.03.17 18:22 | 国外 | トラックバック(0) | コメント(8) |

コメント一覧

>言語能力は十歳にもなるとかなりハイレベルになってきますから
二言語両方で同じレベル(あくまでも高いレベルをキープした上での同レベル)を
保つのは難しいことなんだなぁ、と妙に納得したのでした。


3学期は本当にバタバタでした。
ピーチは卒業し間もなく高校の発表です。ジョージ君は明日卒業式。チャーリー君もなんとか3年に進級できそうです。

我が家には10歳以上が3名いますが、英語はもちろん、日本語でさえプチーちゃんのほうがレベルが高い会話(語彙)をしてるんじゃないかなと思います。
高いレベルでのバイリンガルか、、。

どんな感じの人なのかなぁ?
オールマイティーにすべてが高いレベルの人ってほとんどいないと思うので、どっちの言語であっても自分に専門を持ちだせば、海外でも活躍することになる、、そしたら結局高いレベルでのバイリンガルと言ってもいいぐらいになっていけそうにも思います。

10歳から15歳ぐらいってそれ(自分の好き)を決めていく頃かなって思っています。

海外でのお勉強は、いろいろ大変そうだけど楽しんでるように見えます。いいなぁ。

2010.03.18 16:08 URL | ばーぶー #- [ 編集 ]

ばーぶーさん、お疲れ様でした~。

ジョージ君ももう卒業か~。
みんなどんどん大きくなっていきますね~。

ピーチちゃんも、もう高校生になるんですね・・・・
(この間まで六年生だったように思えてしまう・・・)

チャーリー君の学校は落第があるのですか?
高校って落第するものだったっけ・・・。

プチーもこの間まで幼稚園児だったのに
いつの間にか高学年です♪



こちらの生活では普段は、現地語を一番よく耳にしますが
英語もとてもよく聞きます。

英語圏の人もいますが、英語圏じゃないところの人の
英語もどんどん耳に飛び込んできます。

みんなとても語学力が高いように思います。

二ヶ国語を当たり前のように、同じレベルで
使いこなしています。
(訛りがきつい人もいるけど、上手な人も多い)

だから「私、英語できます」は、ほとんど何も
意味がないのをあらためて痛感します。

私の専門は○×です。で、ついでに英語も
もちろんできますけど。
こういう人があまりにも多くて、憧れます♪
(これが英語じゃなくて日本語、というパターンもあります)

これよ!これ!これが理想的なんだ!なんて
いつも思うのです。

第二外国はあくまでも、オマケなんだけど
オマケの割にはやけにレベルが高い。

こういうの、かっこいいなぁ、なんて思います。

サリーは得意な物など特になく、あえていうなら
英語を少々、って感じなんだけど
この英語力をはるかに超える英語力を持ちつつ
英語が専門じゃない人って沢山いるんだなぁ~。


英語が専門じゃないほうがいい、というのは
昔からずっと思っていたから、プチーの英語は
常に「オマケ」であって欲しいんだけど
オマケだからってレベルが低くていいってわけでもなく
結局はオマケも本物レベルじゃないと
オマケの値打ちが無いような気がしています。
(そんなオマケいらんわ、みたいなオマケじゃ困る・・・)



プチーの「好き」は、なんだろう?
やっぱりこの子は、体を動かす方面へいくんじゃないか
なんて思うのですが、どうなることやら・・・。

2010.03.19 17:24 URL | ばーぶーさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

大変なんですね・・・。
プロの英語力でも通用しないことも
あるんですか!
英語って奥が深いですね・・・。

2010.03.19 20:37 URL | れお #0ckxheY. [ 編集 ]

英語スピーカーの現地校だからと言って、
皆が皆、高尚な英語を駆使してるかっていうと甚だ疑わしいですよ。
ウチの娘は日本語話者で日本の学校に通っていますが、
いまだに前後不明な事を言って、周りを???ってさせてます。(笑)
英語話者とて、そういうことは往々にしてあるのでは・・・
結局は個人差に尽きると思います。
どこに目標を据えるかで、どの程度の試練が与えられるかという差。
プチーちゃん(もしくはサリーさん)が望む目標に相応しい努力を続けていけば、
きっと花が咲きますよ~~~。

近頃の息子はロジカルに英語を学習しています。
1日3時間はタウンページみたいな問題集や参考書に向ってます。
もちろん取寄せた現地のものです。
教科科目としての英語学習を平日に3時間ですから、かなりです。
(もう卒業したので今は少し余裕ですが。)
尻に火がついたのもありますが、
『言葉は磨かなければ、ただ通じるだけの必要最小限のシロモノ。
アナタの英語は【学んだ者の英語】で、目を見張るものがある。
学ばないネイティブより学んだアナタの英語の方が優れている』
と大変光栄な激励をしていただいたからです。
もちろん、息子自身のこととしては額面通りに受け取ってはいませんが、
普遍的真髄であるようにも思え、感心しました。
息子はネイティブではいことをハンディとして悲観するのではなく、
アドバンテージとして切り替えしてやろうと目論んでいるようです。

個人的に、幼少期の母国語方式には好感が持てますが、
いつまでも通用する手立てではないように思えます。
セカンダリーともなると、絶対危ういメソードのような気がします。
プチーちゃんの壁は当たるべくして当たった当然の壁だと思います。
『おぅ!ついに来たか!』くらいなお気持ちで。(笑)
ウチはそう思って、なるだけ凹まないようにしてます。

口語と文語の使い分けは息子も戸惑っていますよ。
ノンネイティブの宿命ですね。(爆)
実地あるのみですね~

2010.03.20 14:43 URL | ルーシー #- [ 編集 ]

プロって、サリーのことですか?
サリーは英語が専門ではあるけど
英語のプロではないんですよ・・・悲しいかな。

英語教育のプロだとは多少思っているけれど
英語のプロは英語教育のプロには
あまりならないように思います。

教えることを仕事にしている人で
その道のプロは少ないんじゃないかなぁ、と
個人的には思っています。

つまりバイオリンのプロはバイオリンの先生にはならないし
体操のプロは体操の先生にはならないように思います。
(現役引退後、というのなら別ですけれど)


自分の専門だからと言って
高いレベルをキープできている人は
ほんの一部の努力家達だけなんじゃないかなぁ。

サリーももっと勉強しないといけないんだけれど。

2010.03.22 10:32 URL | れおさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

先生!いいことおっしゃいますね~!

学ばないネイティブより・・・のくだりに
「ほんとそのとおりだ~」と、感激したり励まされたり
気持ちを引き締められたり、戒められたり。
一瞬で色々な気持ちがぞわぞわっと沸き起こりました。



3歳児なら、とか、三年生なら、という言葉が
いかに曖昧な表現か常に意識していたつもりなのに
「ネイティブなら」とか「何年アメリカにいたなら」
なんていうのが、全然当てにならない基準だと言うことに
気付いていなかったように思います。

まさに、人それぞれなんですよね。

英検1級が現地の六年生レベル、という表現も
人の認識によって、ありえないくらい幅広い
レベルの差として現れるんでした。

そうだった。そんなこと一概には言えないんだ・・・。



プチーは中学受験用の問題集(日本語)も使っているから
完全に英語と受験の間に中途半端に挟まっています。

どうしたらいいんだろう。
どうしてもどちらか一方に絞れません。
でもいよいよ、この優柔不断が致命的な結果にも
つながりかねないから、なんとか気持ちを
決めてしまわないといけませんね。



口語と文語の感覚は、自然に掴み取るしか
ないんでしょうね!
日本語だけだと思っていたら
英語でも同じことやっちゃってるようです☆
なんとなく会得っていうのが一番難しいなぁ。


2010.03.22 10:53 URL | ルーシーさんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

お久しぶりです。お元気そうでなによりです。

ところで、勉強しないネイティブと比較して英語が出来るってことに、意味はあるのでしょうか?私には、あんまり意味の無いことのように感じられます。なぜなら、自分の子どもが将来上る土俵は、高等教育を受けた人たちで構成された土俵であって欲しいと望むからです。

イギリスの場合、大学に入る人は、最低でも15-6歳の学年で受ける中学卒業資格試験の『英語(国語)』に合格しています(A*~Fの評価のうちC以上)。一流校と言われる大学なら、A以上の合格が基本です。そういう観点から見ると、肩を並べたいネイティブの人たちよりも英語力で優れるというのは、並大抵のことではないのだと思います。追い付く為に一所懸命努力する。でも、やっぱり負けちゃう。だって相手も優れているから。私は、それでいいんだと思っています。

それから、既に第一言語の確立している高学年の子どもが第二言語で勉強し始めた後、『第一言語の方がずっと高い力を維持している』ように見えなくなったとしたら、それは寧ろ怖いことだと思います。高度な言語能力とは何かなのかを、自分の第一言語の能力を通して感じることができなくなってしまうということだからです。そうなると自分の操る言語全般に対する評価に甘くなってしまい、第一言語も第二言語も低いところで満足しかねないので、結局伸びなくなるのです。そもそも、第一言語が確立した人の第二言語が本質的に伸びたのであれば、言語能力自体がベースアップしている訳ですから、第一言語も伸張する訳で、第二言語は滅多なことで第一言語に追い付かないのもなのかもしれませんよ。

10代前期を在外で過ごす場合、徐々に高度化してゆく教育に対応する為に、思考を司る内的言語能力を引き上げなければなりません。一カ国語の環境でもここに苦労する子どもが多いのに、第二言語目の運用を急速に身につけながらも(第一言語の運用もですよね)、言語能力自体を格段に引き上げなければならないところは、在外の子どもの本当に大変なところですよね。お互いに頑張りましょう。あ、サリーさん親子は十分頑張ってるように見えますけどね♪

季節の変わり目です。新たな土地での体調管理には重々気をつけてくださいね。

2010.03.22 13:46 URL | ふ~ #CvGW3GPU [ 編集 ]

ふ~さん、かっこいいことおっしゃいますね!

サリーは、プチーが将来日本を飛び出して
ふ~さんのおっしゃるような大舞台で勝負する日が
来るなんて、考えてみたこともありませんでした。

では、何のための英語?ときかれたら、これまた困るのですが
英語もできたら得するはず、くらいの感覚です。

同時に、やるからにはある程度ものにしたい、という
気持ちもあります。


ふ~さんとは、なんだか世界もレベルも違って
恥ずかしいのですが、私達親子は所詮そのレベルで
楽しんでいます☆


今外国にいるのも、たまたま父親の仕事の関係で
引っ越してきただけですし、プチーが高校や大学で
日本を飛び出し世界へ羽ばたいていくことは
あまり想定していません。

もちろんプチーが強く望めば、親としてできる限りのことを
してやれたらいいなぁ、とは思いますが
基本的には、日本でそのまま進学するパターンに
落ち着くと思っています。

ふ~さんの、かっこいいコメントの後に
こんなことを書いたら、とてもしょぼくれていて
見劣りして恥ずかしいのですが
なんだか、ふ~さんとサリーでは
レベルが違いすぎます・・・☆




ふ~さんのコメント後半部を何度も読み返しました。
日本語の大切さをまたまた実感しました。

いろんな意見を聞くたびに、あっちへふらふら
こっちへふらふら、全然安定していないのですが
日本語、英語、どちらも低いレベルに留まる、という
最悪の結果にならないように、充分注意して
生活していこうと思います!




2010.03.23 10:17 URL | ふ~さんへ #LA/EZW0A [ 編集 ]

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